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近そうでまだ遠い大阪・関西万博【万博レポ&関西旅行記その②】

あけましておめでとうございます(これも遅い)

気がついたら年が明けてしまいました。

 

すぐにと言いつつ、大阪関西万博が閉幕してかなりの月日が流れ、建物の解体は進み、夢洲駅は改札機すら撤去されてしまったようです。はやいもの。

そして気がつけば閉幕から半年です。早すぎ?????



閉幕までに記事を書いてしまおうと思っていましたが、

中途半端に書いてしまった以上、書かないわけにはいかないので万博の記憶を脳内から引っ張り出しながら再開です。

万博2日目 7月4日 (開幕83日目)

7:23 堺▷▷新今宮▷▷弁天町

あ    さ

前日飲酒後に羽倉崎(どこ?)まで連れてかれそうになった南海電車で通勤をしています。やった~~~~~~。

同じ地点に連泊しているため、毎日南海沿線民擬態が出来ています。うれしい。

 

前日は西ゲート入場だったため桜島駅からバスでしたが、今回はゆったり10時入場東ゲートのため、せっかくだし夢洲駅に行ってみようという考え。ゆったり向かっています。時差通勤。

弁天町駅 この“祭り”のために造られた構造物が多すぎてすごい

喫茶キミエール モーニング(¥400)
ほどよくととのい

今回は複数人での参戦を予定していましたので、弁天町で少々時間潰し。

喫煙可、手書きメニューの硬派な喫茶店でも「万博ですかー?」の一言が。

すごい、大阪というまちの隅から隅まで浸透している。祭日というのは間違いではなかったのですね。

 

ここからは中央線に乗って夢洲を目指します。今回の万博開催にあたって唯一の鉄道となることから、日中ですら2~3分間隔で電車が走る恐ろしいモビリティです。

弁天町駅もまた、都心外縁部の「たまたま大阪環状線と地下鉄中央線が交わってる駅」という認識であまり乗換駅として栄えている印象のなかった駅ですが、今回ばかりは一大拠点として大賑わいです。

人人人人人人人

人人人人阿部寛
10:01 会場到着

ゆるっと着いています。

複数人でゆるふわ万博ということもありかなりゆったりです。ここからは多少ならんで“いよいよ”会場入りです。

着いたもののやはり暑い暑い…。この文章を書いているのは雪も降り積もる真冬ですが、そんな季節からですら思い出せる暑さです。各々がおもむろに日傘を取り出し、刺すような日差しを避けようとしています。

過去の万博ではその開催を機にファミリーレストランやドライミストなどが普及しましたが、この大阪・関西万博では「日傘」が普及するのではないでしょうか。そう思わせる暑さの中、入場へ。。。。。

10:44 入場

いらっしゃいませ~

入るなり低姿勢で歓迎されます。

メイン入場口ともいえる東ゲートだけあり、西よりも人もオブジェクトも多いです。これには“おお”。

複数人で11時前から当日予約をもぎ取るには果てしなく労力を使う事が想定されたため、予約不要をゆるっと凸るゆるふわ万博を目指しました。

歩けばどこそこで催しが行われているのが万博のいいところだと思います

入るなり、とりあえず全貌を把握しようと大屋根リングの上を目指します。団体戦は体力管理が重要とされています。

それなりに天気が良く、上から景色を眺めるには最適です。上段との高低差のおかげで日陰が形成されているのもポイント。

大屋根リング・チルアウト
11:40 コモンズ-A館

いつでも入れる冷房パビリオンという事で、前日回りきれなかったコモンズ館から再開します。

コモンズ-A館は、サブテーマ「いのちに力を与える(Empowering Lives)」のもとに、各国・地域が世界と課題を共有し、解決策を持ち寄った共同入居型パビリオンです。

「コモンズ(共有資源)である地球を守ろう」というコモンズ理念のもと各国・地域が集い、自らの国・地域や文化を紹介するにとどまらず、世界的課題に対する将来のビジョンや解決策を示しています。

コモンズ-A館入口説明文より

前日訪問したD館同様、名前しか知らなかったような国家がずらりと並びます。これぞ万国博覧会といった気分です。

 

各国の展示の内部はスタンプを押してすぐ去るような人間が多いため比較的ゆったり見れます。額縁に飾られた知らない国家元首を眺めたり、各国の特産品を眺めたり…を29カ国分繰り返して見るのですから、ここだけでかなりの満足感を得れています。

 

そしてここが複数人万博のよいところ。目が3倍あるとも言いますが様々な視点から展示を眺められるのは非常に良い点です。

 

12:20 コモンズ-C館

 

つづいてコモンズ-C館に移動。ここではA館とはちょっと異なり、ウクライナやクロアチアなどの比較的スペース展示や内容の規模が大きい国々が並びます。

各国の展示はかなり凝ったものがご用意されてこれにも大満足。もうコモンズ館だけでいいんじゃないんですかね。。。。。。

 

13:30 EU館

EU見れば欧州各国全部見たことになるのでは??という適当な推測を元にEU館の列に。30分ほど並んで入場となりました。

内容としては単独でパビリオンを出展する諸外国と同様に、環境への配慮や取り組みが中心となったもの。21世紀型の万国博覧会として環境への取り組みが前面に押し出されるようになったのは同様ですが、これまでコモンズ館の「我が国の産業のここがすごい!!!」に染まった脳で見ると新鮮に見えるのですから不思議なものです。

こういうの、ずっと見てられますよね

そういえば食事をしていません。

万博会場内では大手コンビニチェーンが一般的な価格で食べ物を提供しており、そこで食事を済ませるのも吝かではありませんが折角ならば各国の食事を食べたいもの。

開幕当初(悪い方面で)話題を集め、その後も改良が図られた英国館のアフタヌーンティーに興味。。。。胃を決して列にならびます。

14:55 英国館内レストラン

涼し~い

あつい。あついです。

1時間くらいは並んだでしょうか。アフヌンといえばホットで暖かい紅茶ですが、ここばかりはアイスティーに手が伸びそうになったほど。あちすぎる。

 

4カ国伝統のアフタヌーンティー(¥5,000)

ウェールズ・グラモーガン・ソーセージバイツ(¥1,500)


オオ~

すごい。ちゃんとお出しされています。

ティーカップもかなり本格的なもので、灼熱で修羅場と戦いの万博会場とは思えないほど落ち着いた午後のティータイムな雰囲気が漂います。

むしろ1時間の列でこれだけのものが頂けるのなら満足というものです。

そして、アフタヌーンティーセットの中身ですが

ロイヤルカットサンドイッチ(4個)、スコーン(2個)、
パティスリー(3個)
焼きたてスコーン2個、コーンウォール産クロテッドクリーム、英国産ジャム添え(VEG)
ビクトリアスポンジケーキ(VEG)
伝統的なウェールズのバラブリスフルーツケーキ(VEG, N)
抹茶チョコレートのブラウニー(VEG)
サンドウィッチ:コロネーションチキンのザクロモラセス和え、削りココナッツ
牛サーロインのロースト&イングリッシュマスタード
キュウリ&クリームチーズ(VEG)
スコットランド•ヘブリディーズ諸島産のスモークサーモン、レモン、ディル
イングリッシュティーまたはコーヒー(選択)

...重い??

意外と容量がありびっくりしています。

2人でタワーを二棟建てるなど勢いによって提供されましたが、これが大ボリューム。

「イギリスの二郎系」

「美味しいが脂肪と糖でしかない」

「紅茶っちよがいないよー」

などの感想を旅団は残した。おそろしい。

 

16:00 ほどよく散策

Dialogue Theater ‐いのちのあかし‐(河瀨直美館)

いすゞエルガEV 休憩所として置かれている

17時20分より3日前抽選の予約がありましたので、それまでしばしの散策タイム。

人工島にここまでの緑を持ち込んでいるのは普通にすごい。それによい水景もあります。

改めて、ものすごいハレの日だなぁと。そう感じるわけです。

 

17:20 三菱未来館

たまたま予約がとれていた企業パビリオン「三菱未来館」へ。内容をよく調べていないので完全初見攻略です。

 

「いのちをめぐる壮大な旅」をテーマに生命誕生から人類の火星進出までを描いた壮大なストーリーの映像が流れるもので、しっかり迫力の映像。建物も仮設ながら手の込んだ造りで、流石に万博常連の三菱グループだけあるなぁと。

 

そしてちょっぴりだけ話題になっていた三菱グループ総員が序列された協賛企業コーナーも記録。たのしい。

並んでいる。すごい。

脱出の時点で18時ですが、日没を知らないような空模様。まだまだ舞えます。

 

18:30 e Mover(会場内交通)

閉幕後に路線バス転用が予定されていたが、断念となった。かなしい。

ほどよく疲労も蓄積されてきたので、場内モビリティを堪能するフェーズへと移行します。

場内を走るこのバスは自動運転バスや走行中給電対応の電気バスに乗って会場内を移動出来るもので、1回400円、1日乗り放題1,000円で運行しています。

運行は大阪メトロが担当しており、海沿いや大屋根リング下を通るので乗車体験としてもかなり良いと思います。

 

会場内をぐるっと半周し、西ゲートの脇に到着。料金はかかりますがなんせ広大な会場なので、一瞬でワープ出来ると思えばかなり便利なものです。

大屋根リング下を堂々と走行
19:02 日没

ついに、日没です。西日本の日の入りは毎回かなり遅く、東日本人間がたまに来ると驚かされるものがあります。

のそのそと西ゲートを通り、大屋根リング上へ登ります。

西の空 どんよりしている

ニュ~ン、くもりです。ざんねん。日の入りもそれなりに重要なイベントではありますが、それよりも20時からのドローンショーに向けた待機が多い印象です。

 

19:30 バーラト館

一瞬どこの国だ…?とはなる

ドローンショーまでまだ時間あるな...と大屋根下をぼんやり歩いているとどこからともなく威勢のいい声が

 

「インドインドインド~ インドいかがですか~!!」

 

お前が言うんかい。

バーラトとは一般的にインドと呼称される国家のことで、近年ではモディ政権の下ヒンディー語表記でのバーラトが公文書などを中心に用いられるようになっています。建物の外見もインド人民党のシンボルである蓮の花をイメージしたものとなっていて、かなり凝っています。

 

そんな背景がありますが、それを一瞬で覆す威勢のいい「インド」の声。入らないわけにはいきません。




展示内容はインドの近年の技術発展や経済力などを中心とした展示で、経済大国ながら発展途上国にありがちな「我が国はすごい!!!」の勢いを感じます。こういう勢い、大事だと思います。

他にも伝統的な造形物や菩提樹があるなど、全体的なボリュームはかなりのものです。橋梁や鉄道の模型に興奮するなど、オタクスポットもありグー。

 

20:00 ドローンショー

いよいよお待ちかねのドローンショー。

バーラト館でぽにゃぽにゃしている間にも見物客が続々と屋根上に吸い込まれ、エスカレーターがまるで掃除機のように人間を吸い上げます。

大屋根リングに植えられた植物からは鈴虫の鳴き声が小さな歓声となって場内を包み込み、静かにその時を待ちます。

写真だとどうしても伝わらないもの

おお。おお。おお。

すごい。まさに、ハレの日です。

これこそ一番文章や写真に残せない体験そのもので、こればかりは「実際に見て!!!」としか言えない代物です。ほんとうに来てよかったなぁ。。

 

20:20 飯田グループホールディングス×大阪公立大学

夜見るとかなり綺麗

ドローンショーを見たからと言って万博はまだ終わりではありません。退場客が増えるなかで空き始めるパビリオンの収集を始めます。

西陣織で彩られた巨大な外観が特徴的な飯田グループ×大阪公立大学共同出展館では、予約枠(これもかなり豊富だったらしい)のほか並ぶだけで展示が見れてしまいます。ドローンショーの後ともなれば、並ぶ人もほとんどおらず、独占が期待されます。

 

外観のコンセプトは「サステナブル・メビウス」

人々の幸せに暮らしたいという変わらない想いと「いのち」への希望を表現しました。

特殊加工された西陣織の生地を全面にまとうことで、未来と伝統の融合を具体的なものにしています。

建物内では、新技術や脱炭素社会に向けた新エネルギーによる健康的で快適に暮らせる「未来型住宅」や「まちづくり」を紹介します。

・EXPO2025公式HP-国内パビリオン「飯田グループ×大阪公立大学共同出展館」より

 

中の展示はまさに都市趣味人に刺さりまくるもので、メインホールには巨大な未来の都市模型が鎮座します。役場に置かれがちな新庁舎などの模型ですらじっと眺めていられる人間でしたので、これには歓喜。無限に見ていられます。

隠れミャクミャクを探すような勢いで、精巧に作られた都市の細部までを見つめ、向き合う。博覧会でこんなことが出来ていいんでしょうか。。。。。。

 

21:00 退場

あれよあれよと時間が過ぎていき、あっという間に退場時間です。なんてこと...。

巷で話題になったトイレを見てみたり、スペイン館の売店だけ利用する悪あがきをしながら退場となりました。

21:20 ゲート通過 21:43 駅到着
帰りはかなりスムーズ

なんだかんだで1日いてしまいましたが、トルクメニスタン館も中国館もアメリカ館もフランス館も、なにも見れていません。これは再訪の必要がありそうです。

まとめ

たのしかったです。とても。

展示の内容もさることながら、やはり全体が“ハレ”の空気になっているのが好きなんでしょうね。それも会場内だけでなく大阪という都市全体がそんな空気に包まれています。期間限定というのも、より“お祭り感”を加速させているのかもしれません。

 

 

そして、万博記事を中途半端に書いてしまったせいで他の記事も書けなくなっています。もう花博の足音も聞こえてきています。急いで書きなさい(はい…。)

 

参考資料

公益社団法人2025年日本国際博覧会協会(2025)「大阪関西万博 公式webサイト」(

https://www.expo2025.or.jp/  )

ばやりーす(2025)『EXPO2025 大阪・関西万博 非公式全パビリオンデータベース』路辺閑話.

 

 

 

近そうでまだ遠い大阪・関西万博【万博レポ&関西旅行記その①】

好きです、大阪。好きです、関西。

 

岩手県に移って以降、(なぜか)心理的距離が近くなり、隙あらば伊丹に降り立ってあちこち行っていました。そんな自分が、2025年4月より行われるEXPO2025 大阪・関西万博に行かないはずもなく…。

 

 

……???

 

 

行っていませんでした。全くもって。

 

4月より始まった万博は旅行趣味人間で満たされている自身のSNSのタイムラインをにぎわし、随時おすすめスポットや攻略が流れてくる状況。そんな環境にいたにも関わらず、不思議と全く事前に調べたりなんなりをしていなかったのです。

 

こんな調子

多忙という言い訳をしつつも、周囲のオタクから「早めに調べて早めに行った方がいいっすよ」と言われる始末。重すぎる腰を動かし、チケットを購入した頃には6月21日になっていました。遅いよ~~~。

予約とはなにか。パビリオンって何?入場ってどうやるの?東西どっちがいいの!あまりにもわからない。わからない。断片的に情報を集めつつ、流れでいいか~~~~~となりました。やはりこういうもの、流れで楽しむべきです。

…と、アクションを起こしていると、同じく万博に行こうか悩んでいたフォロワーを発見。なんとなく予定を合わせ、「1日目ソロ、2日目複数人」の体制で挑む事になりました。レッツ万博。

 

 

~0日目 準備もろもろ

7月になりました。岩手県はギリギリ冷房を稼働させずに過ごせる気温ですが、太平洋ベルトは灼熱の様相です。

さて万博ですが、数か月前からのパビリオン抽選など参加していないので、来場直前にやることが集中しています。

・7日前:7日前抽選をしておく 並行して宿の予約

・2日前:(入場時間の空き枠が開放されるらしいので)取れるなら取っておく

・来阪当日(1日前):スカイメイトで飛行機を頑張って取る

ギリギリまで行動に移せない出不精人間にも比較的優しいスケジューリングです。地味に行けない可能性があるスカイメイトですが、わりと空席が1週間前からあった点、いざとなれば脳筋新幹線ルートの覚悟もしていたので、ゆるっとパビリオン抽選に参加するくらいでした。

 

 

7月2日 来阪

いよいよ前日です。7日前に関西パビリオン、三菱未来館が。2日前にゲート変更も完了し、航空券も難なく抑えられました。よかった。

いよいよ、暑い。

大迫・花巻線 花巻駅▷▷▷花巻空港

降り立ったのは花巻駅です。伊丹に飛ぶ場合、必然的に花巻空港を利用することになりますが、そのアクセス手段としては盛岡駅からリムジンバスか、そのバスが経由する花巻空港駅(徒歩圏内に空港が、ない)からバスに乗っかって至るかの二択でした。

そこで現れたのが花巻市コミュニティバスです。令和7(2025)年4月1日より大迫・花巻線の運行が岩手県交通から花巻市(株式会社東和町総合サービス公社)に移管となりましたが、その際に運行ルートに花巻空港を加えたのです。とても便利。

県央県南から花巻空港に至る場合、従来はなにもない花巻空港駅で虚無の待ち時間を過ごしていましたから、大きな進歩です。うれしい。

 

もくもく

たのしい

SEASIDE EXPRESS

あれ!?

 

気がついたら神戸にいます。それもそのはず万博は翌日で前乗りしており、なにをしてもいい日です。しばらく神戸行ってなかったなぁ…の感情だけを頼りに、流れるように来てしまいました。

 

もっこすでラーメンを啜り、散歩をし、まちなか銭湯で小休止。北野坂のにしむら珈琲でアイスコーヒー飲んで一休み。もうこれだけでもかなりの満足感です。もう行かなくていいかな、万博。

関西圏は大阪というデカ都市を抱えていながら、周りに神戸に京都と全く種類の異なる都市を抱えているのがほんとうにずるいので、やむなし。

夏季限定「氷の器のアイスコーヒー」(¥2,500)

万博1日目 7月3日

7:23 堺▷▷新今宮▷▷西九条▷▷桜島

あ    さ

南海電車で通勤をしています。なんで?

元はといえば、宿の価格高騰が原因で郊外に宿を取る事を事前に決めていた…というよりも、価格高騰にかこつけて郊外に泊まり、毎日大阪に向かうことで地元民擬態をしてやろうという考えでした。安いし暮らしも知れるし、一石二鳥ですね。

 

万博1日目は西ゲートの予約が取れているため、大阪環状線▷▷桜島線と乗り継いで桜島駅に至ります。桜島線があんまりにも混んでいるので「これが万博効果!?!?!?!?」とびっくりしてしまいましたが、8割が安治川口で降りてしまいました。工場通勤需要、すごい。

 

普通に日常利用してそうな通勤客もいて好き

早速ありました。。通勤路線の中の異質空間。大屋根リングを意識したであろう木造仮設の構造物。その奥に見える赤と青の改札口。「親の顔より見た」と評される夢洲駅の阿部寛には負けますが、初見万博のワクワクを増幅させるには十分です。

この先、写真に写るものすべてが10年20年後に勝ちが出てくると思うとすごくありませんか???????だれでも公式記録が撮れる、そんな状況。

 

ここからは直結のシャトルバスに乗り込んでいよいよ会場に至ります。道中、何度か巨大な橋を渡って埋立地である夢洲を目指します。この、明らかに行った事ない場所に誘われる感覚。水都大阪を象徴するような高さのとられた橋梁。すべてが、ワクワクドキドキを高めます。

シャトルバスで水都大阪をまじまじと見せつけられている。もうパビリオンだと思う。 pic.twitter.com/pwxQKeR4Bm

— すくとり (@sukutrip) 2025年7月2日

 

8:39 会場到着

!!!!!!!

ここが!万博!会場!

 

筆者はかつて80~90年代に日本各地で行われていた地方博覧会について調べていた時期があり、博覧会など遠い昔の出来事と処理していましたが、今!!それが!!目の前にあります!!!

なんと喜ばしいことでしょうか。

仮設にしてはあまりにもしっかりし過ぎた構造物。遠くからでもよくわかる大屋根リングの存在感。すべてが楽しい。ほんとうに。

 

9:20 入場

ようやく入れました。執筆時点の阿鼻叫喚の様相と比べれば当時はかなりマシに思えますが、35℃を超える猛暑日の待機列は中々つらいものがあります。

 

さて、入場したはいいものの動きを全くわかっていません。パビリオンの配置どころか、マップすらも印刷せずに来たゆるふわですから、早く入れたのに早速右往左往。最初にたどり着いたのが会場案内図と、かなりゆるゆるです。

 

でっっっっっっっか。

これはすごい。

 

噂には聞いていたけど予想以上の規模です。入場後の当日予約をすっぽかし、ただただ大屋根リングに見惚れる時間が続きます。正直なところ、この大屋根リングを眺めるためだけに万博に来てもいいと思います。ゆるっと建築に興味があったりすると、なおさらです。

 

9:30 シンガポールパビリオン

まるい

入場して10分、そろそろどこかに入っておきたいものです。適当に放浪していると目に付いた赤い球体。はへー万博らしい建物だなあなんて思っていると列整理の人が手招きしています。

てっきりどのパビリオンも行列or予約必須と思っていましたが、すんなりと入れてしまいました。中は現代の万博らしく、環境問題に対しての取り組みや未来のシンガポールについての展示が中心です。上層階にはバーもありました。行ってみたいものです。

 

後々わかってくることですが、先進国(と、分類されがちな国々)は環境問題を。中小国は自国の文化や経済発展を押している展示が多いように感じました。中小国だと思っていたら環境問題に全力取り組みで頑張ってるなぁ…と思うなど、意外な発見が多いです。

 

10時前、かなり空いている。パビリオン行列以外はかなり快適かも。

 

10:15 英国パビリオン

○○は英国で生まれました。日本の発明品じゃありません。我が国のオリジナルです。
しばし後れを取りましたが、今や巻き返しの時です。

ぼんやりと行きたいな~~と思っていたパビリオンに一つ、英国館です。内容としては「これはイギリスの発明なんだね!」「あれもイギリスの発明」「これもイ」とありがち環境問題に触れつつもしっかり元祖を謳う、英国らしさで安心感があります。

 

歩きながら映像を順番に見ていくような展示で、わりとどんな世代でも楽しめるかな~というのが感想です。子連れも実際多かったですし、人気なのでしょう。。。。

 

 

そういえば大屋根リングに登っていませんね。登ってみますか。

でっっっっっっっか………。

 

 

でかいと聞いていましたが、予想以上です。暇なら円を1周してやろうとも思っていましたが、遥か彼方に霞んで見える反対側のリングを見て、素直に諦めます。

 

建設当時はやいのやいの言われていた大屋根リングですが、下は日陰ですずしい。上に登れば風が吹き抜けて快適と、あまりにもいい構造物です。太陽の塔に勝てるシンボリックな建築物になれるのかなぁと半信半疑ではありましたが、これは実用的、かつ象徴するシンボルそのものです。感動。

 

11:00 コモンズ-D

軍事政権すぎるだろ

次いでコモンズ館Dに入ります。コモンズ館…来る前はよくわかっていませんでしたが、どうやら中小国の集合体のようなパビリオンだそうです。中に入れば一目瞭然、小学校で地球儀を眺めた時に見たような国名や国旗がずらりと並びます。

 

事前に調べた時には全くのノーマークで、入ってから知ったようなパビリオンですが、このコモンズ館こそが万博の万博たる展示のように思います。これですよ。見たかったのは。

 

言ってしまえば「一生行く機会のないような国々」がずらりと並び、それぞれの国の人が待ち構えて文化や産業を展示する。博物館ひとつでわくわくできる筆者ですから、ここまで密度のある展示には興奮必至です。

軍事政権から一党独裁のような額縁で国家元首を飾る国家、よくわからない、初めて見るような打楽器を置いた国家。やる気のなさそうに担当者が座る展示まで、なにからなにまで全てが楽しい。。。。。。。

(7月初頭時点では)入るのに並ぶ行為を全くしなくてよいのがポイント。

 

11:30 夜の地球 Earth at Night

会場を放浪していたらフォロワーから「すくとりさん、万博来てますか?????」の連絡が。ほどよく落ち付いたタイミングで熟練者による案内が入ります。うれしい。どこが混んでるとか、どこがおすすめとか。前情報まったく無しですから、非常にうれしいものです。

反射で映り込んでしまうため、むずかしい

輪島塗大型地球儀「夜の地球 Earth at Night」は、直径1mにもおよぶ大迫力の地球儀で、漆黒と金の発色の繊細な美しさが特徴の輪島塗の代表的な作品です。2024年1月1日の能登半島地震でも奇跡的に無傷であった「復興シンボルの一つ」であり、「対立や分断を超えて他者に思いを巡らすことの意味を世界に向け伝えていきたい」との願いも込められています。作品名の「夜の地球 Earth at Night」は、展示施設の名称としても使用します。

プレスリリースより

輪島塗で作られた地球儀を中心に、各国の夜の衛星写真を金の発色で表現したような展示など、すごいものばかりです。こちらも涼しく(重要)、大行列ではなかったため気軽み見れるよいパビリオンです。

 

12:00 アフリカンダイニングホール PANAF'

プロシェットサンドウィッチセット(¥3,900)

おひるです。フォロワーの手引きもあり、比較的空いていそうなアフリカダイニングに入ります。異文化の食事と、食事中の楽器の演奏もありとても楽しいのですが…、た、たかい…。

みんな普通に買っており、お財布の紐は入場ゲートでみんな抜いて来ているようです。

 

12:50 アラブ首長国連邦パビリオン

す、涼しい~~~~~~~~~~~~~~~

規模もさることながら、涼しいです。ナイスオイルマネー

仮設構造物にここまでの規模を構築するのはすごいと思います。この広さです。無尽蔵に人を入れているため涼むにはちょうどよさそう(?)

もちろん、UAEの自然やサスティナビリティについても展示もあり、涼しく快適にお勉強できます。うれしいね。

 

13:30 関西パビリオン

大阪・関西万博の「大阪・関西」の部分

午後は7日前予約をしていた関西パビリオンから始めていきます。今まで見てきた海外のパビリオンとは打って変わって、関西各県の観光案内や文化の展示が並びます。

万博というより、どちらかというと宿フェスやツーリズムEXPOのような感じかな…?これはこれでありだと思います。万博感があるかと言われたら微妙かもしれませんが。

これとは別個で、各都道府県が本気を出して展示を競い合うような博覧会があってもいいよなあと思ったり。

 

14:20 日本館

大和魂!!!!!!!!!!!!!!!!!

溢れる日本男児の精神力で、当日予約を勝ち取っています。やったね。

(ただ、会場内で一生スマホぽちぽちするのは何しに来たん…?感があったのも事実)

 日本館は、大阪・関西万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」を開催国としてプレゼンテーションする拠点であり、当該テーマの具現化や、日本の取り組みの発信等を行います。

 「いのちと、いのちの、あいだに」をテーマに、万博会場内の生ゴミを利用したバイオガス発電や、世界に貢献しうる日本の先端的な技術等を活用し、一つの循環を創出し、持続可能な社会に向けた来場者の行動変容を促します。

「循環」がテーマの日本館。開催国の展示ということもあり、その規模は圧倒的です。特徴的な外観はCLT(直交集成板)を並べ、会期終了後の再利用を前提としたものだそう。「プラントエリア」「ファームエリア」「ファクトリーエリア」の3つから構成され、順に巡るかたちになります。

 

テーマからして持続可能な社会を意識してるんだろうな~~~~程度の意識で行きましたが、すごいもすごい。まず建物そのものが再利用前提です。中も円形のパビリオンを回って進んでいくような展示構成で、自ら肉体をも循環させ、ぐるぐると展示を回ります。

藻藻藻藻藻藻藻藻藻藻藻藻藻藻藻藻藻藻藻
15:30 ナショナルデー【日本国】

さて、この大阪・関西万博では「ナショナルデー」というものが設定されており、それぞれの公式参加者の参加を称える日とされています。そしてこの7月3日はなにを隠そう、我が国日本のナショナルデーだそう。

15時過ぎから大屋根リング下にわらわらと人が集まり始め、パレードが始まります。

 

(人が多すぎて全貌がつかめませんでしたが)各地のゆるキャラや関係者がリング下を練り歩き、うおーという感じです。

 

その他、会場うろうろ

なにも考えずにうろつくのも、面白いものです。

会場内を歩けばどこそこで民俗芸能が披露され、見たこともない文化に触れられます。一生ないでしょこの体験。。。。。。

タイパビリオン

そして、なにより楽しいのが会場全体が「ハレの日」である点。みんなたのしそう。

 

そう、みんな楽しそうなんです。遊園地など行かなくなって久しい昨今、これだけすれ違う人々すべてが嬉しそうな空間があったでしょうか。

そしてこのハレの日の空気は会場を飛び出して大阪の街全体に広がているときました。

すごいですよ、ほんとうに。いろんな所でミャクミャクの姿を見かけ、当たり前のようにワンポイントで装備しています。

comix氏作「共生」 かわいい
17:20 撤退

夢洲駅 でかい。
東京テレポート駅世界都市博覧会が開催されていたらこんな感じだったのだろうか

はやめに帰ります。朝から会場におり、なんだかんだで体力を削られています。体中が汗で覆われ、「銭湯パビリオンを今すぐ作りなさ~~~~~い」なんて思いながらの会場内移動。いい思い出です。

 

この後は爆速で銭湯に向かって汗を流し、少々(本当?)の飲酒を挟み、1日目を終えました。

 

長い!!!!!!!!

このまま2日目も書いてしまおうと思ったのですが、あまりにも長いですね。次回に分けようと思います。閉幕までに書きたいですね。。。。。。。。。。

 

では。また、すぐに。

堺駅 謎の帆船オブジェ

 

【4年遅れ(!?)】SUZUKI GIXXER250 納車レビュー

新年あけましておめでとうございます。

今年も何卒よろしくお願い申し上げます。

 

というわけでこんにちは

居住地周辺も雪に囲まれる日々となったわけですが、そういえばふと思いました。

バイクの納車記事…どころかバイクに関する記録を一切残していないな、と。

 

あんまり積極的に発信する方ではありませんから、私がバイクを保有しているのを知っている人も大多数ではなさそうです。

ここ最近は便利な取材の足として使いがちではある
渇水救済記念碑 函南町

ですので、使用感の報告も兼ねて納車レビューを(今更ながら)書いていこうと思います。

 

GIXXER250

かっこいいですね

この車に興味を持ちだしたのはけっこう前の話になります。

まだ旅行に気兼ねなく行けなかった2020年頃でしょうか。

(リンク切れ)

 

ツーリング動画などを見漁っていた最中、ジクサーに一目惚れしてしまったというわけです。

 

時勢柄、旅行資金もそこまで多く消費しない頃でしたので、旅行資金から二輪免許費用を捻出しつつ納車の検討が進められました。同時期にフォロワーさんも納車をしており、アウトドア欲、バイク欲は最高潮に達していた頃です。

ゆるキャン△の影響がかなりあるとされます)

 

色々と調べていく内に150ccよりも250ccの方がなにかと便利で長距離にも対応している事を知り、Vストと悩みつつも納車に至ったのでした。やったね。

 

念願のバイク かっこよい

 

慣らし運転

とりあえず山まで走らせていろいろ連れ回したい…欲を抑えつつも慣らし運転です。

拠点の埼玉県央部から近いところという所で、千葉県は手賀沼を選定。初手で治安わるわるロードを選ぶとは中々の選択です。(これが後々の運転スタイルに繋がっている?)

おおきい

手賀沼は県の北西部に位置し、柏市我孫子市白井市印西市に跨る東京から最も近い自然の沼になっています。

 

「東京よりわずか一〇里にして、山中的の仙境あるかと驚喜いたし候。手賀沼印旛沼よりも風致大に優り申し候」

旅行作家の先駆けでもある文人大町桂月が鷲野谷を訪れた時の言葉です。

手賀沼には谷津(やつ)と呼ばれる無数の湿地が発達し、古くから人々の暮らしを支えていました。近代に入ると沼の周辺で干拓事業が行われ、「手賀沼」と「下手賀沼」の二つに分離した現在の姿となりました。

 

 

公共交通機関で行くとなると、何回かの乗換を介してたどり着く千葉の地が、国道16号一本でスムーズに(渋滞等々でスムーズではないが…)行けるようになった感動はものすごいものです。

ツーリングの良さや交流や自然…といった本来の良さではないものの、道路交通に慣れるという意味では一番意味のある慣らし運転ではないかと。山道にたどり着く道中などは必須ですしね。

進軍!甲州ツーリング

納車後1ヶ月で近所で慣らしをしつつ、ようやく長距離ツーリングです。

選ばれたのはやはり山梨県ゆるキャン△の舞台でもあり、買ったきっかけの一つである以上は行くしかないとなったわけです。

 

国道299号で飯能より山を目指し、ぬるっと秩父へ。そこから140号へと移って雁坂峠越えを目指します。

雷電廿六木橋(らいでんとどろきばし)
由来は「雷電坊物語」という伝説と移転を余儀なくされた廿六木集落から

道中の写真が万バズするなどのトラブル(?)もありつつ、雁坂トンネルを越えて山梨県へ。早朝に出たこともあり、9時には笛吹川フルーツ公園に到達していました。なんたる早さ。公共交通機関だと現実的ではない到達もバイクでは容易であるので、そこが魅力の一つともいえるでしょうか。

初長距離。たのしい。

よかった。また行きたい。

朝のほったらかし温泉でまったりをします。既に130kmほど走っており、午前中とはいえそれなりにへとへとです。湯上りのコーヒー牛乳と温玉あげが身体に沁みわたります。

この頃になると山道走行やバイパスなどの走りも結構慣れてきており、日中の甲府盆地をすいすいと駆け巡れます。山中の道の駅からロードサイド店舗からイオンモールまで行き放題です。

 

花鳥山展望台

さすがに夜の峠道を走る勇気はなかったので、国道20号経由で陽が沈む前にそそくさと帰還しました。早めの撤退、たいせつ。

 

総括

鳥海山…ジクサーだよ…

乗り味とかそういった話をしていませんね。過去のツーリングに浸ってしまい…。

街乗りには最適だと思います。低速域もしっかり伸びて加速もよく、燃費もいいので休日にちょろっと乗るには最適だと思います。一方で高速域にはやや不安が残ります。ネイキッドの宿命でもありますが、風をモロに食らうため風圧がけっこう気になるのと、フルスロットルでも115km/hぐらいが限界です。新東名の下り坂でギリギリ120km/hを観測出来たぐらいなので、高速道路でスイスイ長距離ツーリングはあまり適していなそうです。乗り主がドケチで下道の暮らしが大好きなのでそこまで大きな問題ではないですが…。

白樺湖
ころぼっくるひゅって にまた行きたいさん。

そもそも長距離を移動しようとすると選択肢として公共交通機関に軍配が上がってしまうため、使い分けとしてはほどよいのかもしれません。ほどよく下道を、ほどよくおでかけ出来る今のスタイルが結構すきかもしれません。

 

強いて言えばノロノロ運転が嫌いなぐらいでしょうか。クルーズコントロールが羨ましい…。

 

おわりに

納車当時は旅行ぐらいしか趣味を持っていなかったので納車できましたが、今の同人活動と旅行にまみれたような生活をしていたら納車する余裕などなかったでしょう。これもまた、一期一会という事でしばらくこの子と一緒におでかけしていこうと思います。

目指せゆるふわバイクブロガー……

目指しはしませんが、ゆるっとやっていきたいところです。

 

 

では、また

 

訪富喝采!マンホールサミットinとやま

https://x.com/ichijinsha_info/status/1830411583249621011?t=3mXZ2neXVUipomRaE8oJcw&s=19

 

マンホールサミットにゆるゆりデザインのマンホールが設置。

めでたいことです。

2024年の3月に『ゆるゆり』の連載15周年を記念して富山市内各所に設置され、文字通り市内の顔となっていました。かわいい。

 

富山城付近に設置された吉川ちなつさんのマンホール。かわいい。



長らく推している作品がデザインマンホールに…と感慨深くなっている間にマンホールサミットの富山開催、それに伴う展示。めでたい。

 

ですが言っても富山県開催なので、岩手県民をしている以上移動にかなりの難があります。大宮に降りるか、頑張って新潟に抜けるか*1、はたまた大阪に飛んで北陸を目指すか。あまり現実的ではありません。

既存のマンホール展示だし3月に見たしいいか…と思っていた矢先、とんでもない告知が。

 

https://x.com/ichijinsha_info/status/1844575230293049407?t=5VvcC_OxpVemi9rfIAHBNA&s=19

 

規模でかくなってません???

マンホールサミットの名の通り全国からマンホーラーが集って賑わうイベントのはずですが、なぜか出版社のブースがありグッズやカードなんかを配ったり頒布したりするそうです。

そうこうしている内にフードコラボの発表と思ってた以上にでっかいコラボなようです。

 

うーーーーーーーーーーん富山遠いんですよね。富山。富山…。

 

10月18日

原稿をシバいていました。

翌月の出版に向けての原稿が終わっていません。燃えています。

幸いにも移動中に文字を打つことは出来るのでなんとかなりそうです。なっていませんが。

オオオオオオオ

ウオオオオオオオオオ

岩手〜富山の移動は多種多様な択がありますが、結局は大宮まで2時間かけて上ってまた下って富山に至るのが最速です。とても負けた気がしますが仕方ないはなし。

 

はやい



ワァ…

はやいものです。降りたらなぜかオタクに襲撃されるという謎イベントが発生し、雨降り前のマンホールを視察しつつこの日は終了です。

 


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日の入りしてから岩手富山間を移動できるJAPANの高速交通網はありがたいはなしです。仙台〜新潟〜上越を高速移動できる手段があるとなおよいとされます。

 

10月19日

あ      さ

 

前日(当日?)の夜中2時に松屋に行きたくなり、歩いて深夜松屋をしたためハチャメチャに寝不足です。9時までの朝食会場に9時3分に行くなど多種多様な活動が見られます。

 

爆速でらんぶるさんに寄ってホットケーキを食みつつ爆速で富山に。

高岡富山間、盛岡北上とか福島郡山の距離感*2だと思っていましたがかなり近いのでお得。

 

 

かわいい

富山駅北口方向に会場が広がる

!(大人気!)


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!!!!!!!!!!!!

良すぎます。2022年の3月に秋葉原atreでコラボしたパネルも駆けつけてます。ありがたい。

かなり主人公している

全ての来場者向けに赤座あかりマンホールカードの配布が行われています。影が薄いのなんのその。貰った人たちがそれぞれゆるゆりの話をしているという。すごいコンテンツになりました。すごい(すごい)

 

Wowwowwow飯を食え

本題はここからです。

ゆるゆりのフードイベントはドカ食い気絶部で著名であり(*3*4*5)今回も例によって「GURUNAVI FOODHALL WYE 富山」とのコラボがあり、各店舗で500円以上の飲食をするごとにコースターが1枚配られるといった様子です。

ゆるゆりのメインキャラクター8人に加えて大室家のメインキャラクターの3人で合計11枚の配られますので、理論上は5,500円分の飲食で済みます。しかしこれはコラボ景品。コースターが完全ランダムという罠があります(!)

とりあえず、団体戦が有利なことは明らかですから付近に偶然いた(偶然ではない)フォロワー人間と挑むことに。

 

Dタワー富山 ここの足元や1階部分でコラボイベントが行われている。

GURUNAVI FOODHALL WYE 富山のあるDタワー富山は、富山市が令和元(2019)年の7月に募集した「中規模ホール整備官民連携事業」によって整備がなされた富山市芸術文化ホールオーバード・ホール)の中ホール(2023年竣工)の余剰地に建設される施設です。富山市体育館跡地にて中規模ホールをPFI事業にて整備し、その余剰地を民間付帯事業として開発された形になります。

この周辺の地域は北陸新幹線富山駅整備や、それと並行して行われた富山駅付近連続立体交差化事業を契機に行われた「富山駅土地区画整理事業」「富山駅周辺地区土地区画整理事業」によって十数年前とは比べ物にならないほど整備が進んでいます。

 

…話をコラボに戻しましょう。

胃袋も無限ではありませんので、とりあえずゆるゆりの8種をコンプリートした後に、大室家に取りかかればよいと楽観視(?)していました。

CIBO VERA PASTA WYE店

シラスとキャベツのジェノヴェーゼ(1,200円)

おしゃれランチです。

ここまで整ってしまうとほんとうに胃袋に負担がかかるのかわからなくなってきます。金額調整のためにドルチェ(×2)も頼むなど気分は完全に休日です。

 

2,000円を超えたので理論上ごらく部の面々はすべて揃うはずです。過去のコラボはランダムと言いつつも上から順にキャラクターが交互に重なって配られることが多かったので今回もまぁ大丈夫でしょう。

夜行性の生き物3匹

ワ!

はちゃめちゃにかぶってしまいました。

これは一筋縄では行かなそうです。同行していた人間と結衣と京子のトレードを実施しつつ、あかり未回収のまま次の店へ。

 

ザバルダスト富山

ビリヤニ。よいですよね。

(既に腹五分目ではありますが)趣向を変えて挑みたいところです。

なんですか、これは

チキンビリヤニ(1,300円)玉旭BLACK(600円)

飲酒が開始されていますよね。

同行人間共々「飲酒は量当たりの単価が高いので効率がよい」など言いはじめますから、飲酒が進むわけです。日本酒とビリヤニの出会いははじめてですが、案外悪くないものです。ただこの辺りで胃袋が苦しそうに身体に訴えかけています。たしかに短期間にしっかり2食です。ウルトラバカ酒飲みをして済ませた方がよかったかもしれません。

胃袋に押し込みつつ、コースター4枚を入手する権利を得ます。ここでは生徒会の面々の配布が行われていますが、かろうじて1回でコンプリート。無限周回は避けられました。

 

29LaB BURGER+Cafe 富山駅前店

ごらく部コースター配布対象店舗の2店目です。腹ごなしに食事をする異常事態。胃袋はすでに満足していたので、サイドメニューのカフェモカでととのうことにします。1杯500円と、これでコースターをコンプリートしてくれと言わんばかりの価格設定です。

かわいい

これにてごらく部もコンプリートとなりました。めでたい。

 

この後は大室家の面々も回収したかったですが、さすがに限界を迎えており諦めとなりました。参加者の中には大室家のラーメン→ビリヤニ(生徒会)→ハンバーガー(ごらく部)と連戦している人間もいたらしいです。おそろしい。

歩き・回り

この後は富山市内を適当に歩き回って帰還となりました。路面電車の走る街の定期摂取は必要とされています。

グルグール・菓子(富山大和)

なにも考えずに総曲輪の辺りを歩くだけでもかなりの健康となります。全蓋アーケードに百貨店の配置と、北日本と同じ雪国ながら雰囲気がどこか西日本的です。富山大和の上層階にあった紀伊國屋書店の大学受験コーナーを覗いてみても、並ぶ赤本は関西圏の国公立私大が目立つなど、思っていた以上に西日本なのかもしれません。

 

この後は適当に駅に戻り、飲酒をしつつ帰還となりました。飲酒しかしていない可能性がある。ちゃんと原稿もしていますよ。

 

かなり駆け足になりましたが回りきることができました。胃袋には負担でしたが、コラボ箇所が1ヶ所に集中していたのでかなりやりやすいというのも大きいかもしれません。

 

ア!

ふつうのマンホールの写真を載せていませんでした。それの掲載をもって〆としたいと思います。

函館市 夜景などではなくイカを全面に押し出しているのがさすがといったところ

佐世保市 九十九島と夕景で綺麗

小笠原村 一般に訪問難易度がかなり高い地域のマンホールも見られるので貴重

\したから!/

 

*1:▷北上▷横手▷新庄▷余目▷新潟 とうまく日本海側に出れるルートがあったものの、7月末の豪雨で奥羽本線がだめになってしまった*

*2:46~47km程度

*3:品達コラボ

*4:マリオンクレープコラボ

*5:それ以前に一回の訪問ですべてを食してコンプリートを狙う人間が多すぎる

文学フリマ岩手9/北海道COMITIA19に出展のおしらせ

movie-umamusume.jp

 

劇場版『ウマ娘プリティーダービー新時代の扉』が全国の映画館で上映中です。とりあえず見ましょう。

2時間ですっ……と綺麗に収めてきたので非常によい仕上がりです。テイエムオペラオーくんがかっこいいのでよい。

 

 

 

 

即売会に出ます

さて、本題。

6月16日(盛岡市岩手県 産業会館で開催の文学フリマ岩手9

6月23日(に札幌市の札幌コンベンションセンターで開催の北海道COMITIA19

にそれぞれ参加します。

 

bunfree.net

 

elysian.dojin.com

 

文学フリ岩手は入場料無料、配置はD-12

北海道COMITIAは入場料1,000円、配置はH02です。

 

ありがとうございます

今回はキュウリの血と肉さん名義での出展となります(激烈感謝)

サークル名や_39ML_さんを目印に来るといいかもしれません。

39ml.hatenablog.jp

 

本が生えます

そして、これらの出展に際して新刊が生えました。前回の旅チケット以来約3ヶ月ぶりです。はやい。

 

告知と表紙がやや変わっている

新刊『to-飛行 vol.2

続番で振っていますが内容はその回によってまちまちです。今回は良さとはなにか。暮らしを追ったりするはなし。旅行記要素は少なめらしいです(書くと長くなっちゃうからね)

 



いいまち、とは聞くけどもその良さってなんだろう…と自分なりに振り返った回です。

また、まちの本*1の制作が書きたい都市に対して追いつかないので、新連載として「らし見るいいまち」が始まります。第一回は盛岡市です。

他にもローカルスーパーをおすすめするだけの話などが載っています。

試供版的に作っていますので頭をあまり使わずに読めると思います。

 

おしながきが生えていました

いいデザイン

岩手/札幌双方の共通おしながきです。委託頒布は逍遥倶楽部以外にもしらゆき創作工房からもあります。そちらも是非。

健康タオル.jpg

文フリ岩手/北ティアの両会場でキュウリの血と肉の机に置かれている本を一冊以上購入すると健康コースターが、2冊以上購入で健康タオルを貰える権利を得れます。たくさん買うと健康になれるかもしれません。

 

行けなくても買う方法があるらしい

例によって通販があります。今回もBOOTHです。早めに送りますのでなにとぞ。

sukutrip.booth.pm

 

 

余談

コミックマーケット104の申込をしていなかったので当然配置はされていないのですが、売り子という形で某所に拾ってもらったので出展予定があります。そこでも今回の新刊は(余ったら)取り扱えそうです。

 

にしてもイベントの度に新刊を生やしている。そろそろ破滅しそう。

 

それと、盛岡/札幌のおいしいごはん情報をTwitterでもなんでも私に伝えてくださるととても喜びます。なんぼあってもいいですからね。

 

広 告 募 集

今回の新刊にて試験的に広告枠を設置しました。今回は弊サークルの本の宣伝をしましたが、よさそうだったら他のサークルの広告も載せようと思います。もちろん無料です。ご興味ある方はご一報ください。

 

*1:『函館のはなし』などのじっくりしっかり煮込む本。内容もその分濃く出来るが時間がかかる。

何らかの近況

久しぶりの何でもない回です。

 

ちゃんとした(?)場でご報告をしていませんでしたが、4月より埼玉から移り岩手県での暮らしを始めさせていただきました。


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身体を岩手県へと移したわけでございますが、ようやく土地に身体が馴染み、地理事情なども少しずつ理解し始めている所であります。

 

場所で言えば南部の南部になりますが、行動範囲として秋田県三陸、宮城北部なども入ってくるのでそういった土地で活動を続けていけたらと思います。

横手がずいぶん近い

弘前もそれなりに近い

 

また交通の便も結構よく、首都圏や関西圏、北海道などかなり軽率に足を運べそうでありますので大都市圏にお住まいの皆様も今後ともお付き合いいただければと思います。花巻空港から90分で伊丹に出れるのはかなりいいと思う。東京より近い大阪(?)


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同人活動についても、引き続き行っていきたいと思います。直近では6/16(日)に文学フリマ岩手9に参戦します(逍遥倶楽部名義ではないですが…)。コミックマーケット等に皆勤出来るかは不明ですが、ちょくちょく顔は出そうと思います。

 

 

ずいぶんふんわりと移ってしまいましたが、しばらくは北東北や北日本関連の活動が増えると思います。今後ともよろしくお願い致します。

水産都市函館で計画されていた、水族館のはなし

 

本記事は弊著『函館のはなし』第三章の一部から加筆修正した上で抜粋した記事となっております。ご了承ください。

 

水族館がない街、函館

道南圏最大の都市、函館。

約24万人もの人が住む大都市であると同時に、函館山ベイエリア五稜郭など観光都市としても名を馳せ、道内外から多くの観光客が訪れています。2016年には東京からの新幹線が函館市のお隣北斗市まで延びるなど、観光都市としての注目度はより一層高いものとなっています。かつては水産都市として大いに栄え、衰退した今でも函館の海産物は人気を博しています。函館朝市などの賑わいを見れば一目瞭然でしょう。

 

そんな海と共にある港町である函館ですが、そういえば水族館がありませんね。北洋漁業で栄え、今も様々な海の恵みを最大限に享受している街にも関わらず、不思議ですね。
そう、函館市には一部に設置された水槽や展示はあるものの、水族館という施設そのものは存在しないのです。ですが、計画は何度もあり建設に向けた動きも進んだ時もありました。この節では“函館市の水族館計画とその顛末”について解説していければと思います。少しばかり長くなりますが、お付き合いいただければ幸いです。

 

水族館建設前史

時は北洋漁業に衰退の傾向が表れつつあった昭和30年代にまで遡ります。昭和27(1952)年、戦後の函館で初めて都市計画が策定されます。その『市勢振興第一次計画書』では、水産と港湾を両翼として道南の産業振興・経済発展を目指すという基本方針が立てられます。しかし北洋漁業に依存した経済構造そのものは戦前と殆ど変わりのないもので、混迷状態が続いている/非常に保守的/ただ現状維持と評されていました(北海道新聞社:1966)。ですがその経済発展の軸としている北洋漁業は昭和31(1956)年の日ソ漁業条約の締結によって少しずつ衰退の傾向を見せるようになります。

ここで、昭31の日ソ漁業条約について少し触れる必要がありそうです。

 

ポーツマス条約と日露漁業協約(明治38・40年)によりオホーツク海ベーリング海での漁業権が確立して以降、函館の街は北洋漁業の拠点として全盛期を迎えました。拠点という事ですから、海産物の恩恵のみならず水産加工や漁業関係者によってもたらされる街全体の消費活動の活性化など、函館の街全体が大いに賑わいます。戦時中の休業を挟み、昭和27(1952)年に試験操業を、29年には本格操業が再開となりました。近海でのイカ釣り漁業と共に函館の港を賑やかしました。

しかし北洋漁業、特に母船型のサケ・マス漁業は昭和31年の日ソ漁業条約の締結を機に一気に衰退することになります。漁業資源保護の為に制定されたもので、漁獲量が毎年割り当てられるというものでした。ほぼ無制限に獲っていたものが割当制に変わるわけですから、その影響は非常に大きいものでした。

その割当量も年々減少していく中で、昭和52(1977)年に米国とソ連が沿岸200海里での漁業権の主権を設定し、その範囲内でのの操業には交渉が必要となった事から、衰退が一気に加速する事となります。そして昭和63(1988)年、米国が沿岸200海里水域での操業を完全に禁止とした為、北洋漁業は遂に終焉を迎えました。長年水産業を中心に栄えた函館にとって、漁業の衰退は街全体の経済に大打撃を与えることになります。

北洋漁業に代わって賑わった近海でのイカ釣り漁業。今でも見られる漁船の漁火は函館の街のシンボルとなっている。

そんな中、昭和37(1962)年に函館・上磯・大野・七飯・亀田・銭亀沢の各市町村により「函館地方総合開発計画」が作成されます。北洋漁業の衰退により、経済体質の改善を余儀なくされた為に工業生産都市への転換と経済体質の改善を意図したものでもありました。それと同時に同年国が打ち立てた全国総合開発計画に基づく新産業都市*1への指定を睨んだものでもありました。
全国総合開発計画は戦後日本における地域の不均衡な発展・地域格差を是正を目的とし全国各地に開発拠点地域を設定し、産業の均衡発展をはかる政策であり、その中でも各地方の開発の拠点となる新産業都市への指定は函館市の発展みならず函館を拠点とした道南圏の開発が促進される事を期待したものでした。

函館市では工業化への具体的な計画として函館市港町から上磯町七重浜に至る地域を埋め立て、工業地帯の形成を構想していました。しかし函館市は国から新産業都市への指定を受ける事はありませんでした。指定には漏れたものの、函館市は引き続き工業化への道を模索する事になります。

数年の調査を経て、昭和41(1966)年、『函館地区開発基本調査報告書』として提出されます。現状の函館経済の問題点や解決に向けた地域開発の方向性を示したもので、主に

(1)「都市機能の充実」

(2)「港湾整備の方向」

(3)「農林水産業の主産地形成と近代化」

(4)「建設業の開発、港湾を利用した工業の開発、既存工業の生産性向上」

(5)「商業経営の近代化」

(6)「道南一帯の観光ルートの設定」

などが方向性として挙げられています。
この報告書は昭和44(1969)年に策定された国の新全国総合開発計画と連携しながら『函館圏総合開発基本計画書』として昭和46年から10か年の長期計画が纏められる事になります。この計画での目玉とも言えるビッグプロジェクトは上磯町の矢不来地区に約5㎢(!)もの埋立地を造成し、函館湾を臨海工業地帯にするというものでした。しかしこれには上磯町の漁民の間からの反対も凄まじく、昭和48(1973)年には計画の白紙化へと至っています。

函館市史』通説編第4巻 第6編より
函館島周辺の面積に匹敵する広大な埋め立て計画が存在した。

また時を同じくして第1次オイルショックが訪れたことにより、工業化による地域の発展の促進という計画そのものが破綻し、新たな地域発展の方針転換を余儀なくされるものでもありました。

 

大きく変化する世界情勢の中で函館市は函館圏総合開発基本計画を再び見直すことになり、昭和52(1977)年に「函館圏総合計画」を策定する事になります。経済重視の前計画に対し、生活を重視した計画となり、「住みよい魅力あるまちづくりをいかに進めていくか」「交通新時代に対応する施策をどう進めていくか」「豊かな経済基盤の確立をどのように進めていくか」などの新たな課題が挙げられています。
函館圏総合計画に則った整備が開始される中で、昭和53年度の予算案において“観光立市”のプランが登場します。昭和40年代以降函館を訪れる観光客は増加する一方で、従来の“函館山からの景観”に一辺倒であった観光の要素を、元町付近に広がる歴史文化遺産の活用や港湾部の景観などに拡張していく流れが興り始めます。函館港の景観整備という点ですが、元より北洋漁業で大きく栄えた経緯があるので、流通・産業の場としての機能が重視される一方で、港町の雰囲気や魅力を感じにくく、また一体的な空間構成がなされていない*2など観光地化するにあたっての課題も多くありました。

函館山からの夜景
当時は元町周辺の修景も進んでおらず、函館山が観光の中心であった。

時を同じくして北洋漁業の衰退による漁業基地としての役割低下やオイルショック以降の造船業の不振、そして前述した工業都市化の方針からの転換などにより、函館港は工業港から商業港などの新たな活用法が求められていました。

折しも、モータリゼーションの進展などから函館市の中心街は従来の元町・十字街周辺地区から函館駅前や五稜郭を擁する本町や梁川町、美原などの産業道路周辺に移りつつあり、西部地区の地位低下が危ぶまれていました。

 

ウォーターフロント計画と函館

昭和50年代以降、日本全国で港湾部の再開発が活発化するようになり、“ウォーターフロント計画”として各地で計画が建てられるようになります。神戸市のハーバーランドでの成功を皮切りに、日本全国にその動きがみられるようになります。

釧路フィッシャーマンズワーフMOO
ウォーターフロント計画による既存の港湾施設を活用した再開発事業の一つ

函館市においても、全国で活発化するウォーターフロント計画を前述の函館港の再活用と併せて新たな整備計画が模索され始めます。折しも青森と函館を結ぶ計画の青函トンネルの工事が進み、青森港と函館港を結んでいた青函連絡船があと数年で廃止…という時勢でありました。

昭和55(1980)年には対岸青森県との間で青函トンネルが開通した際に共同で“津軽海峡大博覧会”の開催の提案がなされ、翌56年にはその構想が発表されます。トンネル開通に併せて当時の日本でブームになっていた博覧会を開催し、両都市の交流の促進と新たな時代の幕開けを祝おうというものでした。それを契機とし、函館港のウォーターフロント計画もまた“歴史とロマンあふれる街”を目指して進むようになります。青函博開催の昭和63年までに青函博関連公共事業として周辺道路の整備や今日では“ベイエリア”と称される金森倉庫の複合施設化に伴う周囲の一体的なウォーターフロント開発などが行われました。特に、開発が行われるまでは漁港にあった一倉庫に過ぎない金森倉庫を今日にまで続く函館の一大観光スポットにした功績は非常に大きいものと言えます。

金森赤レンガ倉庫。中は改装されてショッピングモールとなっている。

またこの頃には函館港の浚渫工事で生じた土砂を埋め立てて造成された人工島“緑の島”も青函博の駐車場として併用を開始します。

青函博 函館EXPO'88公式記録』より
函館どつく跡の会場までシャトルバスと共同通船によるシャトル船が運行された。


青函博開催の同年、国の補助事業である「ポートルネッサンス21」と呼ばれる函館港の将来に向けた基礎調査が実施されました。運輸省による「21世紀への港湾」をテーマとした調査で、この調査を基に計画案が作成されます。

(1)弁天地区をマリンパークなどの海洋性レクリエーションゾーン

(2)末広・大町地区はイベント広場を中心とした生活・文化ゾーン

(3)若松地区をメモリアルシップや総合交通ターミナルビル、コンベンション施設などの交流・人流ゾーン

(4)港町地区を大型船埠頭などの物流・生活ゾーン

とし、それらを湾岸道路(=ともえ大橋:平成9年開通)で結ぶというものでした。(1)の弁天地区へのマリンパーク建設の計画は青函博のメイン会場にもなった旧函館どつくの函館造船所跡地の利用を考えたものでした。現在は市の海洋総合研究センターが建っていますね。
ポートルネッサンス21構想のもと、跡地の活用が検討される中で平成元年に大手ゼネコンである清水建設が跡地活用案として“函館ドックランドプロジェクト”として計画を提案します。20階建にもなるマリンホテルを中心にマリンリゾートマンションやマーケットホテルの整備を行うというものでした。

(⇒『はこだて財界』新春特別21(2)(259),函館財界問題研究所,1989-01.
国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-04-07))

dl.ndl.go.jp

しかし清水建設の提案は未成に終わります。ですが同年、札幌資本である北海道振興が土地の買収を表明し、翌年にはには敷地内に高さ200m(!)にもなる展望タワーや温泉、ホテルや海浜公園を整備し、マリンパーク化する計画を立案します。

 

(⇒『はこだて財界』21(7)(264),函館財界問題研究所,1989-06. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-04-07))

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これを受けて函館市は平成3年に港湾部の整備計画の改定が行われ、活用法が決まった弁天地区は水産・海洋交流ゾーンとして引き続き整備が行われる事になります。

 

函館における水族館整備(第一次)

ここからようやく水族館の話です。

平成3年、青函博の駐車場として利用されていた緑の島の整備が一旦は完了し、その活用法が模索される事になります。弁天地区と同様にポートルネッサンス21構想やウォーターフロント計画が函館港内である中で、“緑の島に水族館を建てよう”という計画が浮上します。ここに来てようやく具体化し始めた水族館建設計画ですが、元より水面下で検討がされていたようでした。
水産業で栄えた函館に水族館を建てる計画は幾度か検討されてきました。湯の川の熱帯植物園に併設する形で水族館を建設しようという話が出たこともありました。しかし全国各地にある水族館と比較し、道内にある他の水族館の経営が思わしくない点、それにより協力する企業が現れなかった事から湯の川での水族館計画は頓挫する事になります。そこで改めて計画されたのが緑の島での水族館計画という事です。

(⇒『はこだて財界』23(4)(290),函館財界問題研究所,1991-03. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-04-07))

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湯川の函館市熱帯植物園。温泉に浸かるサルの様子などが今も人気。

 

水族館の建設に際しては、すでに横浜八景島などで実績があり、函館七飯スキー場や函館大沼プリンスホテル、北海道カントリークラブなどの函館周辺の開発で縁があった西武鉄道グループのコクドが中心となり、進められる事になります。緑の島~旧桟橋~金森倉庫前と整備が完成した暁にはベイエリアのより一層の活性化がなされることでしょう。
しかし計画は思うように進まなかったようです。バブル崩壊による不況はもとより、水族館に付帯する複合施設でひと悶着あったようです。当初は水族館のみの計画だったものの、採算面を考慮した結果コクド側から付帯施設としてジェットコースターや観覧車を設けてはどうかと要望がありました。平成5年に開園した横浜・八景島シーパラダイスのような水族館を軸にした複合レジャー施設の建設を想定していたのかもしれません。

(⇒『はこだて財界』32(12)(407),函館財界問題研究所,2000-12. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-04-07))

dl.ndl.go.jp

しかしこれにより事態は一変。まず国の港湾施設の一つとして整備された緑の島を所轄する運輸省から、ジェットコースターは営利施設なので無料で使う国有地の施設展開として好ましくないと指摘がなされました。結局緑の島の用地は市が買い取ることになり、一応の解決がなされました。

しかし次に観覧車の建設に関して景観論争が勃発しました。折しも西部地区でリゾートマンションの建設が進み物議を醸した景観問題も観覧車に待ったをかけます。高さが100mを超すような観覧車は函館山からの夜景に確実に影響し、風情ある景観が失われると反対運動がなされるようになりました。

中層マンションが建ち並ぶ現在の西部地区

 

こうなってしまうと水族館の計画そのものも疑問視されるようになってしまいます。またウォーターフロント計画そのものも、旧波止場/金森倉庫と緑の島の間に位置する海上自衛隊の函館基地隊を移設する必要がありましたが、そちらも中々上手くいきません。前述した北海道振興による旧函館どつく跡でのマリンパーク計画も、北海道南西沖地震により建物や岸壁が被害を受けたことにより構想が中断、平成9年の北海道拓殖銀行の破綻に始まる拓銀ショックの影響による金融不安などもあり、計画そのものも凍結せざるを得ない状況と、かつて描いた函館港の未来の姿の実現がかなり厳しいものとなりました。

平成13年11月、収益見込に難がある事や全国各地で第三セクターが破綻している状況を鑑み、緑の島でのアクアコミュニティ構想は断念する形となりました。2年後の平成15年にはマリンパーク構想に着手していた北海道振興が経営破綻し、函館どつく跡の活用法も完全に見失う形となったのです。これにて、青函博開催を契機に続いた函館市ウォーターフロント計画は、1期の青函連絡船や金森倉庫、旧桟橋の整備に続いた第2期の緑の島、函館どつく跡の整備は未完に終わりました。

 

函館における水族館整備(第二次)

しかしただでは終わらないのも港町函館の意地でしょうか。平成15年に市は水族館などファミリーレクリエーション施設の整備に向けた調査費を年度予算案に盛り込みました。再開の背景には「函館国際水産・海洋都市構想」の策定がありました。

水産・海洋都市構想は函館という地理的立地の優位さ、さらに水産や海洋に関する多くの学術機関や関連産業が集積している事を最大限活用し、新産業を創成するもので、産官学民の有志によって「函館海洋科学創成研究会」が設立されました。函館を水産・海洋研究の拠点都市として機能させる事を目的にしており、その計画の一環として拠点都市を形成するにあたっての地域再生計画が策定されました。観光と学術・研究機関の融合や水産・海洋と市民生活の調和が目標として掲げられる中で“海の生態科学館”や“国際水産・海洋総合研究センター”の整備が整備を目指す施設として挙げられています。函館市も平成15年に函館どつく跡の土地を買い取り、研究センターの設置による水産・海洋都市構想の拠点地とする方針を立てました。

地域再生計画の取組事例国際水産・海洋総合研究センターの整備(PDF)

https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/osirase/050412/hakodate.pdf


これらの動きがある中で、市も上記の都市構想を推進すると同時に、市民がその研究の成果や産業について体系的に学ぶ施設、そして子供たちが知的好奇心を満たし、楽しみながら学べる社会教育的な施設の整備に向けて動き始めていました。平成17年に『海の生態科学館基本構想』が、財政状況や基本構想に対する市民の意見を取り入れた上で、翌年18年に『海の生態科学館基本計画』が策定されました。
この基本計画ですが、何やらかなりしっかり作られていたようです。

事業理念は「水に暮らす生物との持続的共存の実現」と定め、アクアコミュニティ構想で見られた観光・レジャー需要を主軸としたものから函館の産業や将来に向けた社会教育施設としての方向性が伺えます。それを基に「海を知る」「川を知る」「いのちを知る」「産業を知る」の4点を軸に展示が構成、展開される方針が定められました。飼育する生物は周辺海域に生息するイカやマグロやホッケ、コンブなどの他、大正年間まで毛皮の取引で函館の発展に影響したラッコやアザラシなどを軸にアンケートで意見が多かったイルカやサメ、さらには姉妹都市にゆかりのある企画展の形で紹介するコーナーも設けられる計画でした。
展示以外にも、小中学生を対象にした学習プログラムとして館内展示を活かしたイカやこんぶの飼育観察はもとより、館外での川歩き、森歩きのプログラムなども練られていたようです。また建設にあたっても、取水・ろ過・排水方法の検討や交通アクセスの検討、緑の島の地質調査や来場者予測、運営形態や収支見通しまで細部にまで及ぶ検討がなされました。

『函館のはなし』より
函館市企業部(2006)『海の生態科学館基本計画(案)』の掲載内容を抜粋

アクアコミュニティ構想で課題となった収益面での問題は海の生態科学館を観光施設から社会教育施設として位置づけを変える事によって問題をある程度回避し、また、平成16(2004)年の周辺3町1村との合併による合併特例債を建設費に充てる事で事業費も約14億7,400万円と比較的現実的なものになるなど、観光施設として計画が散ったアクアコミュニティ構想よりもより踏み込んだ、実現性の高い基本計画案が策定されました。

入館者数の予測は初年度に34万人、開業5年目と10年目にそれぞれ約3億円の追加投資を行った上で15年間の年平均入館者数を25万9千人とする予測を立てていました。入館者内訳も観光客が約10万人、それ以外の16万人を市内外からのレジャー、修学旅行、学習体験目的での利用予測を立てるなどより社会教育施設としての利用を重視したものになっていました。

海の生態科学館と緑の島の芝生広場の同時利用によるレジャー需要も想定されていた

実現の夢遠く

しかし、これだけ練られた建設計画も実行に移される事はありませんでした。収益面の難に加えて建設費に経費を加えた整備費用41億2,500万円、合併特例債などを利用した後の市の負担額は14億7,400万円と、函館市の人口減少で税収の低下や諸問題が積まれている中での多額の負担を出しての水族館整備を疑問視する声が多かったといいます。平成19年に行われた函館市長選にて建設が争点となったものの、現職と対立候補が共に任期中の建設は厳しい/反対と意見を表明し、その結果反対派の候補が当選となった為、函館市における水族館の建設計画は中止となり、以降現在に至るまで建設の話は出ていません。
水族館の建設は立ち消えになったものの市の函館国際水産・海洋都市構想では進捗があったようです。平成26(2014)年6月、旧函館どつく跡の敷地に研究拠点として函館市国際水産・海洋総合研究センターがオープンしました。研究施設以外にも一般開放のエリアが設けられ、函館近海の魚を中心に、調査船が持ち帰った珍しい魚も展示される事があります。水族館で成しえなかったの遺志を継いでいると言えるかもしれません。

 

また令和元年7月には駅にほど近い函館朝市にミニ水族館として水槽が設けられ、地元住民や観光客などに親しまれるなど、函館の海の魅力を知る取り組みは別の形で行われているようです。

函館朝市で展示されている水槽
設置から約5年が経過した令和5年にはリニューアルが行われ、“水槽どうでしょう”の看板と共に大泉市長がセレモニーを行った

おわりに

結果として立ち消えになってしまった水族館の計画ですが、広大な敷地の緑の島などにその計画があったという雰囲気を感じ取ることが出来ます。

やたら広い歩道

水産都市函館はこうしている間にも状況は大きく変化しています。棒二森屋跡やイトーヨーカドー函館店跡の開発、新幹線の函館乗り入れなど、何かと話題に尽きない印象です。そんな中で、函館を訪れた際にはこの街で水族館を建てようという計画があった事、そして水産都市としての意地と誇りと歴史があった事を少しでも思い出していただければ幸いです。

参考文献

青函トンネル開通記念博覧会実行委員会事務局(1989):『青函博 函館EXPO‘88公式記録』青函トンネル開通記念博覧会実行委員会.

 

函館財界問題研究所(1969-2008):『はこだて財界(第12巻7号~第32巻12号)』

 

函館市企画部(2006):『海の生態科学館基本計画(案)について(平成18年総務常任委員会提出資料)』函館市.

 

函館市史編さん室(1974-2007)『函館市史(通説編第1巻,通説編第2巻,通説編第2巻付録,通説編第3巻,通説編 第4巻,統計史料編,都市・住文化編)』 函館市

 

函館市都市建設部都市計画課(2011):「都市計画マスタープラン」
https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2014011700062/files/06_01chikukubun.pdf)(2023年12月25日閲覧)

 

北海道新聞社(1966):『都市診断 北海道篇』 誠信書房

*1:道内では道央地区の14市町村(小樽市手稲町、石狩町、江別市、広島村、恵庭町、千歳市苫小牧市白老町登別町、室蘭市、伊達町、虻田町)が新産業都市として指定されている。

*2:本格的に元町などが観光地化したのは昭和63年の伝統的建造物保存地区へ選定され、修景が進んだ以降のこと